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微生物と遊ぶ

無農薬米をつくった自然な酒造りをしている蔵元寺田本家へのバスツアーに参加した。
酒造りの過程をみんなで見学。普通なら雑菌が入るからと関係者以外立入禁止にしそうなものだが、酒造りの心臓部である麹室まで、惜しげもなく見せてくれる。
「そもそも自然界には様々な菌が存在している、いろいろな菌に触れることで麹も強くなるんですよ、だから皆さんが雑菌を持ちこんでくれて大歓迎です」と、案内役の寺田勇さん。どうぞどうぞとすすめられ、素手でつまんで味見した麹は、ほのかな甘み。
蔵人のなかじさんと共に、酒母造りの仕込み唄も披露してくれた。めでたいなあ、めでたいなという、たいへんおめでたい唄。
「蔵人がめでたいな、楽しいなとお酒をつくれば、何億何兆の微生物が喜んでおいしいお酒になるんですよ」
その言葉がすんなりと入ってくる。だってわたしの身体もここへきただけで喜んでいるもの。
お昼は酒蔵で、主催の升本屋さん、Cafe Akariさん Cafe Birdbathさんの心のこもった料理と寺田本家自慢の粕汁を堪能。
お土産にお酒とお菓子もいただき、満腹満足な大人の遠足となった。
ビバ!雑菌ズ。
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朝焼けと三日月と

一昨年の秋に訪れた温泉旅館を再訪。
早朝の露天風呂。
朝日と三日月にいっぺんにのぞかれた。

三日月と

ようやくブログを再開する気持ちになりました。
もしまだここを見てくださっている方がいらっしゃいましたら、今後ともゆるゆるおつきあいくださいませ。

朝日を待つ間

海を見渡せる温泉宿に一泊二日。
足湯につかり、露天風呂を独り占めし、刺盛りにカサゴの唐揚げに活き伊勢エビに鮑の踊り焼に松茸の土瓶蒸しにと飽食し、虫の声に耳を傾ける夜。
朝は五時過ぎに目を覚ました。テラスのデッキチェアに座り、朝日が昇るのを待つ。厚い雲が覆っていておひさまはなかなか顔を出さない。これまでの十年、これからの十年のことを寝起きの頭で思う。いろんな意味で、区切りの年となる。こんなゆるりとした時間を持てるのは最後かもしれない。
一瞬、空に天地創造のような強い光が差したかと思うと、もう雲に呑み込まれてしまった。

朝焼け

ほどよい

食前にバーヴィクトリアで創業130周年記念のカクテル「ハーン」。
1894年に宿泊したラフカディオ・ハーンに因んだ一杯。1978年宿泊のジョン・レノンなんてこのホテルの歴史の中ではヒヨッコだな。
ぴかぴかに磨き込まれた木の床に蝋燭の光が揺らめいて、時がとまったかの如く。


富士屋-6

夕食と朝食はメインダイニングにて。客室よりさらに高い高い天井。
格子天井に高山植物が描かれ、花々に誘われるように蝶や鳥の彫刻が施されている。窓には御簾。


富士屋-9 富士屋-9

富士のマークが刻印された銀のカトラリーが美しい。時間をかけてゆっくり食事を愉しもうという気分に自然となる。ナイフとフォークの重量感がそうさせるのかな。
それにしてもこの富士マーク、食器に家具にあらゆるところに入っていて、全部合わせると一体何千、何万個になるんだろう。
富士屋風パンケーキにメイプルシロップをたっぷりかけて、朝から幸せ~。


富士屋-7  富士屋-8

三代目当主が設立した万国髭倶楽部の面々と、今なおメインダイニングのあちらこちらから目を光らせる三代目。
ホテル全体から感じる、行き届いていながら過剰ではない"ほどよい"サービスは、この眼光の賜物かも。

記念に永久保存してくれるというメモリアル写真を撮ってもらった。またいつか、ここへくるために。

富士屋ホテル

箱根登山鉄道はスイッチバック3回。運転手が走る。車掌さんも走る。
宮の下で下車。昔から一度泊まってみたかった富士屋ホテルへ。

明治24年に建てられた本館の部屋に通される。嬉しい。申し込んだのは本館、西洋館(明治39年建造)、花御殿(昭和11年建造)、フォレストロッジ(昭和35年建造)の内、どの部屋になるかはお任せのプランだったので、本館か西洋館だといいなあと思っていたのだ。

天井が高い。ベッドに寝転ぶとさらに高く高く、素晴らしい開放感。
調度品も設備も年代物で決して便利ではないけれど、身体がすっと馴染む。
何年もここに住んでいるような気さえしてくる。

富士屋-1

富士屋-2富士屋-3
富士屋-4富士屋-5


早速古いバスタブにお湯をたっぷりはり身体を沈める。源泉掛け流しの温泉はとても熱く、思わずゔーんと飛び上がった。

羽根をのばす

博多美人と行く東京古建築探偵団(ツアー名仮称)が延期になり、ぽっかり空いた平日花の金曜日。
それなら温泉でも行きましょかロマンスカーに乗りましょかと箱根の山で羽根をのばす。

富士屋-1


箱根のお山に一泊二日。天下の険をめぐる青空白い雲。

夫は、自分の羽根は白鳥のように優雅な羽根だという。
わたしの羽根はトンボの羽根だという。
観光もせず、銘々の羽根を温泉にちゃぷちゃぷつけてゆっくりのばす。

東京で働いている今でこそ毎日当たり前のように駅を利用しているが、故郷で暮らしていたころは、駅というのは一種独特な感慨を呼び起こす空間であった。
考えただけでわくわくするような、どこかもの悲しいような。
大分との県境にある祖父母の家に行くとき、修学旅行、遠方から訪れる親戚の出迎え、都会へ出て行く友の見送り、行き先は到着してからのお楽しみというミステリートレインに乗ったこともあったっけ。
駅とは、そういう特別な何かがあるときのみ足を踏み入れる場所であり、日常から非日常の世界への出入口であった。

故郷では電車ではなく「汽車」と呼ぶ。
最後に汽車に乗ったのは、祖母が亡くなったときだったろうか。
宮崎空港で家族と合流し葬儀が行われる延岡まで車で向かうつもりが、飛行機の出発が機材トラブルで数時間遅れたため、空港から先へは汽車で行くはめになった。
自宅を出たのは午前中だったが、飛行機が宮崎に着陸する頃にはとっぷり日が暮れていた。
宮崎空港駅のホームに着くとちょうど特急が出たところだった。赤いランプが闇に呑み込まれていく。残るは最終列車一本。やむを得まい。

乗り込んだのは2両か3両編成の各駅停車で、日豊本線を走る列車はすべて汽車と呼び慣らしてきたわたしでも汽車とは呼びにくい代物だった。車掌の姿もない。限りなく電車に近かった。それでも意地でも汽車と呼ぶ。

民家の灯りさえ見えない真っ暗な中をのろのろ進むその日最後の夜汽車。
ただでさえ少ない乗客が一人また一人と降りていき、とうとう夫と二人きりになった。
誰もいないのをいいことに『野獣死すべし』ごっこに興じる。
「リップ・ヴァン・ウィンクルの話って知ってます?いい名前でしょ?リップ・ヴァン・ウィンクル…」
ぶつぶつ呟く夫。

汽車は駅に着くたびに5分、10分と止まったまま動かない。無人駅で乗り降りするものは一人もいないのにもかかわらず。
時間の流れ方が違うのかもしれない。この無人駅の1分は地球の10分、或いは1時間、或いは1日、或いは1年、或いは…。

「ラム、コアントロー、それに、レモンジュースを少々、シェイクするんです。わかりますか?」
「X…Y…Z……」
「そう、これで終わりって酒だ」

拳銃を片手で高々と掲げる姿をカメラに収める。聞こえるのはシャッター音だけ。
本当は運転手もいないんじゃないか。
この汽車はどこにも辿り着かないんじゃないか。
車内を照らす蛍光灯の黄色い光がうすら寒い。

延岡に到着し、駅まで迎えにきてくれた妹や従兄弟の顔を見たときはほっとした。同時に、その汽車から降りたことがちょっぴり残念でもあった。

え~と、一体何を長々と書いているのか。こんな話をするつもりじゃなかった。
ircleを聴きながらジャケットを眺めていたら、突然思い出したのだ。
曲のタイトルは『未来』なのに。
思考が過去へ過去へと向かうのは歳をくった証拠かもしれない。

駅は過去と未来をつなぐだろう。
未来の話はまた別の機会に。


ircle2


舌の記憶

久しぶりの故郷は、雨上がりの緑が目に鮮やかだった。東京とは日射しの強さがちがう。

市の中心部からすこし離れたところにある実家周辺の変わりように、改めて驚く。
裏の空き地に家がたったとか、近所に新しい店ができたといったレベルのものではなく、街並みそのものが変貌している。
夏になると朝顔が咲き乱れていた未舗装の細い道が4車線道路になり、木苺をとった小学校の裏山がまるごとなくなって住宅地に姿を変え、大淀川に新しい橋が架かり、ああ気分は浦島太郎。
なんてことを言うとあんたがたまーにしか帰ってこんからやわーと小言をくらいそうだ。

重乃井の釜あげうどん、ぐんけいで地鶏のもも焼きや手羽、砂ずりの刺身、入船の鰻と呉汁、大海で鯛の刺身に伊勢海老の味噌汁、みやちくで宮崎牛と海鮮の鉄板焼き、おぐら瀬頭店でチャンポン、母親の作る味噌汁と糠漬け、焼酎十数種類・・・。
宮崎の幸を腹一杯におさめ、帰りの空港へ向かう途中、山形屋に立ち寄った。

地下の食料品売場の片隅で、長年饅頭を作り続ける一台のマシン。
子供の頃、母親が買い物をしている間、機械がかたんかたんと饅頭を作る様子を飽きもせずに見ていた。
丸い金属の型に生地と餡がおとされ、ゆっくりと回転する鉄板の上で焼かれていく。
一周するとひっくり返され反対側、最後に○に岩の文字の焼き印がじゅっと押される。
その日は残念なことに、機械は動いていなかった。お客さんが少なくて休憩中だったのかもしれない。20個入り840円。

東京に着き、バスの中で早速ひとくち。まだほんわりとあたたかく、経木に包まれていた饅頭からはかすかに木の香り。
ホットケーキのようなやわらかい生地に上品な白餡が口にひろがると郷愁に誘われる。
戻ってきたばかりだというのに。
親不孝ものにはなつかしくも少々胸が痛む味がした。

コミさんごっこ

我が家の転石野郎はストーンズ追いかけ海を越え、今頃カリフォルニアの空の下。
ならばこっちも一人旅としゃれこみましょう。そう、今日は大好きなコミさん(故・田中小実昌)の真似をして、路線バスの旅に出るのだ。コミさん式の旅は、バスが来たら行き先も確かめずに乗る、終点まで行く、以上。
近所のコンビニでお茶を買って表に出ると、ちょうど緑の都営バスがやってくるのが見えた。それでは出発進行。

最初のバスは新宿駅西口行き(宿91)。高円寺陸橋で環七から青梅街道へ。中野天神、鍋屋横丁、中野坂上、成子坂下と進み、新宿駅西口ターミナルに到着。すぐ前の停留所からバスが出発するところだったので、あわてて乗り込む。

乗ったのは王子駅行き(王78)。走り出したと思ったら、今通ってきた青梅街道を逆戻り。あれ、王子ってこっち?普段の移動はほとんど電車なので、都内の地理や道路事情がよくわからん。隣に座ったおじちゃんは十津川警部を読んでいる。十津川警部もたまにはバスに乗るのかしらん。
高円寺陸橋を右へ曲がる。野方、豊玉、羽沢と、環七を行くらしい。車内はぽかぽかと暖かく、いつのまにか眠っていた。

香辛料の香りが鼻をくすぐり目を覚ます。前の座席に鮮やかな青いサリーを身にまとったインドのお方。人の身体は食べ物でできているんだなあ。
外に目をやると、京浜東北線がちらっと見えた。もうすぐ着くかな。どうせ終点まで行くんだから、うつらうつらしていよう。

新宿から1時間15分かけて王子駅に到着。何年か前、飛鳥山にお花見にきて以来。その時はもちろん電車でした。
歩道橋の手すりに止まった2羽の鳩が、仲良くお互いの毛繕いをしている。カメラを向けたらついと離れてしまった。てれるなよ。
通りの向こうに柳小路と名の付いた路地が見えたので、ぶらぶら。飲み屋の屋根上で野良猫が日向ぼっこ。こっちを胡散臭そうな目で見つめる。
チケットショップの目玉商品は洗剤らしい。アタック、ザブ、大特価!
生活の匂い、街の匂い。
駅に戻りかけると浅草雷門行きの停留所が。そういえばコミさんも、池袋から浅草までバスに揺られていたっけと、次のバスはこれに決定。

浅草雷門行き(草64)。堀船、梶原、馴染みのない地名が続く。
尾久駅。駅の表示は OKU STATION だったのに、バスのアナウンスは「おぐ」と濁っていた。新三河島のあたりは焼き肉屋が目に付く。
バスの横を赤いスポーツカーが飛ばしていく。後ろの席のおばちゃんが、見て見て、あの車屋根がないと大騒ぎ。
大関横丁、日本堤、吉原大門とおつな名前が聞こえてきましたよ。浅草に着くころにはすっかりお腹がすいていた。

終点の雷門前でバスを降り、並木の籔へ。木の香りのする樽酒を冷やでやりつつ、天ざるを一枚。衣のさくっとした感触がたまらない。

すっかりいい気持ちで浅草をふらふら。観音様を拝み、西参道からウィンズの脇へ。このあたりにくるとおじちゃんらの平均身長が急に低くなるのは、気のせい?
ひさご通りの豆屋でおやつに炒り豆を買おうと思ったのに、店が見あたらず。なくなったのか酔っぱらって見落としたのか。
それじゃあ梅むらで甘いものでもと5656会館の裏まで足を伸ばすも、こちらは店の外まで人が並んでいて、パス。
引き返して浅草演芸ホールの番組をチェック。昼の主任は権太楼師、夜の主任は市馬師。ちょっとそそられます。
歩き疲れてアンヂェラスで一休み。並木の籔にアンヂェラス、コミさんごっこのはずが池波正太郎ごっこになりつつある。いかんいかん。

松屋前から再びバスに乗る。南千住行き(都42乙)。乙というからには甲、丙もあるのかね。花川戸、今戸、清川、泪橋と、すぐに南千住。
ずいぶん殺風景なところへきたもんだ。日も落ちてきたのでよけいに寂しい。貨物列車がごとごと走る音がやけに響く。線路のあっち側はもっと賑やかなのかもしれないが、なんとなく向こうへ渡らずこっち側で次のバス停を探す。

南千住駅入口から上野松坂屋前行き(上46)。本日2度目の吉原大門から浅草5丁目、4丁目、3丁目、2丁目、1丁目と一つさがり。仏壇屋の並びを眺めながら下谷、上野、松坂屋前で終点。
駅前のヨドバシカメラが取り壊し作業中。秋葉原にデカイのができたから用済みになったのか。
広小路を渡ると、上野鈴本から夜の部の太鼓が聞こえてきた。トリが喬太郎。たい平の代演らしい。当然の如く吸い込まれる。

追い出し太鼓とともに外へ出たのは、午後8時半。今日はおとなしく帰ろうと地下鉄に向かうと、上野公園行きのバス停に小滝橋車庫行きのバスが停まっている。これに乗ればどうにか家までバスで帰れるんじゃないか?こうなったらとことんバスに乗ってやる!

小滝橋車庫行き(上69)。不忍池の弁天堂が闇にぽうっと浮かんで見える。湯島、本郷、伝通院、暗くて外の様子がよくわからない。神田川をわたり江戸川橋、鶴巻町、早稲田と、高田馬場へ近付くにつれて人通りが増え、過ぎるとだんだんと減っていく。

小滝橋から今日初めての関東バス、中野駅行き(宿08)。さすが、関東バス。いつも変わらず運転が荒っぽいねぇ。信号待ちで止まっている時の車体の震動さえも、他のバス会社より激しい気がする。
中野駅から永福町行き京王バス(中71)で、ようやく我が家へ戻ってきたのは午後10時半。

旅費は都営バスの一日乗車券500円+関東バス210円+京王バス200円、計910円でありました。
 
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