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九時、山に戻る。灯りという灯りを全部つけた、谷底に浮んだ盆灯籠のような家に向って、私は庭を駈け下りる。むろあじを焼いて冷たいごはんを食べた。主人は生干しのいかを焼いて、それだけを食べた。食べながら、今日見てきたことや、あったことをしゃべくった。帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。

 ―『富士日記』武田百合子
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読書中

この写真にもうメロメロ。

Book_Snail_by_SodiumKid.jpg

蝸牛1


かたつむりを飼おうと心に決めてしまうほど。読んでいるのはカフカ。

日曜日の探しもの

昨日「土曜日の絵本」について書いたら、いろいろ呼び起こされたのでつづき。

小学生の頃、うちではドラえもんとサザエさん以外の漫画を買ってもらえなかった。それも一年に一冊とかその程度。漫画を読みたくなると隣の家に上がり込み、中学生のおにいちゃんの「がきデカ」だの「マカロニほうれん荘」だの「ブラックジャック」だの「エコエコアザラク」だのを読みあさった。「750ライダー」はつまらなかった。

そんな中で出会った「土曜日の絵本」。なんて可愛らしい絵と色使い。こまわり君とは大違い。
いつも男の子のような格好ばかりしているミクちゃんがリボンのついた赤いつやつやした革靴に心奪われる話があるが、そのときのミクちゃんと同じようにわたしの中の女の子の部分が共鳴したんだろう。
そして、子供は純真無垢なものという大人の勝手な押し付けでなく、他人と張り合ったり、傷付けたり、ずるをしたり、そういう部分も含めて当時の自分と同年代の子供たちの内面が描かれているところに惹きつけられたんだろうと、今になって思う。
確か、学校に誰かが持ってきていたのを借りて休み時間(或いは授業中)に一度読んだきりなのに、いつまでも心に残る出会いとなったのだった。

中学生になり小遣いをもらうようになった。自分のお金で漫画が買えると喜び勇んで通学路にある本屋に行ったが、「土曜日の絵本」は置いていなかった。乏しい小遣いをやりくりして、「野葡萄」や「りんご日記」など他の川崎苑子作品を一冊ずつ揃えるなか、全6巻の「土曜日の絵本」だけはわたしの手元にこなかった。

確か、中学を卒業して高校に入るまでの、どっちつかずの手持ち無沙汰な春。いや、高一から高二になるときだったか。突然思い立ち、電話帳で市内にある本屋の住所を調べ、何軒もの本屋を回った。あらかじめ電話して聞いてみるという知恵はなかったのか。とにかく行かねばという衝動にかられていたのか。古ぼけた青い自転車をこいでこいでこいで、自宅から遠く離れた小さな本屋の薄暗い棚の片隅でようやく1冊見つけたときは、飛び上がるくらいうれしかった。

どうにかこうにか1巻から4巻までは手に入れたが、どうしても5巻と6巻が見つからない。本屋に注文すれば取り寄せてくれると聞き、近所の本屋で注文票に題名、著者名、出版社名、連絡先などを記入して店のおじさんに渡した。わくわくしながら待った。待った。待った。だが、何日経っても届きましたよという連絡がこない。しびれを切らして本屋へ行き尋ねると、ああこれ絶版になってるようですねというそっけない答えが返ってきた。絶版という言葉を初めて知った。絶版の絶の字に、なにか断ち切られたような気がした。


あれから20年。いまだに5巻と6巻を探し続けている。文庫になって販売されているのは知っているが、わたしが欲しいのは金色に縁取られたマーガレットコミックスの「土曜日の絵本」5巻と6巻なのだ。
いつか巡り合うことを信じて、今日も古本屋をのぞく。見つからないまま、今日も1巻から4巻までを繰り返し繰り返し読んでいる。

土曜日の絵本

土曜日の絵本

川崎苑子の「土曜日の絵本」という漫画が今も昔も大好きで、時々とりだしてはぱらぱら頁をめくっている。
がさつで喧嘩っ早いけれど根は心優しいミクちゃん、おしゃれでお調子者のミチルくん、しとやかな外見に芯の強さを秘めたかすみちゃん、のんびりしつつも頭の良さはぴかいちのへいちゃん。
四人の子供たちの物語を読み返すたびに、自分が子供のころの小さなできごとをひとつふたつと思い出す。

幼稚園へ行く途中、近所の家の庭からよくダックスフンドが飛び出してきて、ついつい遊んでは遅刻したこと。
青いワーゲンを見るといいことがある、黄色いワーゲンは要注意、赤いワーゲンだと悪いことが起きる、とワーゲンを見ては一喜一憂したこと。
堤防に生えている蛇いちごを恐る恐る口にしたこと。
お遊戯会の劇で主役のミツバチに選ばれたものの、黄色と黒のダンダラ模様の衣装が大いに不満、お花やちょうちょ役のひらひらした衣装がうらやましかったこと。
自転車でやってきた金髪の外国人に手を振ると、太陽のような笑顔で手を振りかえしてくれたこと。
友達に宝物(がらくた)の隠し場所を教えたら、その子が自分の大発見のように他の友達へ隠し場所を触れ回ってしまったこと。
冬の寒い朝、セキセイインコのチッチとサリーが籠の底で冷たくなっていたこと。
給食のおかずに付いていたソースが隣の子の白いブラウスに飛び散ってしまったこと。
近所の子供たちにヤマアラシと呼ばれていた船乗りのにいちゃんが、陸に戻るといつもハーシーのキスチョコをお土産にくれたこと。
おしりがいっぱい汗かいたと思いこんでいたのが、実はおねしょだったこと。
一面薄紫色の蓮華畑で転げまわり、怪我をすればよもぎを揉んで傷口に押しあてたこと。

大きな事件はなにもないけれど、平々凡々とした日常のその中で、楽しいことも悲しいことも何もかもが初めてで何もかもが冒険だった。そんな子供時代へつながる扉が、そうっと開く気がする。

「土曜日の絵本」という題名も好きだ。
半ドンが当たり前だったあのころ、土曜の午後は今よりもっときらきら輝いていた。
今よりもっと特別な時間だった。

本とツイッターとわたし

昨夜のこと。仕事の合間に電話を一本とぅるるるると古書ほうろうへ。
「ツイッターを見てお電話したのですが、THE ART TIMESの平岡正明特集号と、sumusの晶文社特集号の在庫はありますか。」
まだあるとの返事にあわてて帰り支度をすませ、自宅とは反対方向に向かう地下鉄に乗り込む。一時間後にはお目当てとともに文庫を2冊、久原大河さん画のポスターをかかえて、ほくほく顔で再び地下鉄へ。

自分の趣味嗜好に合う話題も、全く興味のない事柄も、世間の動きも、ツイッターの流れから知る今日この頃。THE ART TIMESなんて数日前まで存在すら知らなかったのに、今は手元で萬里の十九番の写真を眺めている。

古書ほうろうのご近所、往来堂書店での猫本フェアはツイッター発。
それにしても早かった。早川書房の「「人生の艱難辛苦から逃れる方法はふたつある。音楽と猫だ」アルベルト・シュヴァイツァー。」という呟きを発端に、出版各社が我が社の猫本を連投し、本好きたちがおすすめの猫本を次々と掲げ、まとめページができ、猫本を揃えた本屋が実際にあったらいいのにという声に応えて、往来堂書店が「猫本フェア、やります!」と名乗りをあげるまで、わずか二日。それから十日あまりで実現してしまうとは。リアルタイムでやり取りを眺めながらわくわく。

そして明日2月11日から始まる羽鳥書店まつり。昨年誕生した新しい出版社、羽鳥書店の羽鳥さんの蔵書を放出する青空古本市、これもツイッターで知りました。雪にならないといいけれど。


THE ART TIMES Vol.5 http://homepage2.nifty.com/deracine/misc/at/05.htm
sumus 13 http://www.mizunowa.com/book/book-shousai/sumus_13.html
twitter猫本フェア http://togetter.com/li/3614
羽鳥書店まつり http://d.hatena.ne.jp/koshohoro/20100112/p1


晶文社の犀のマークは社長のおしりから生まれたものだそうですよ。

作家の酒

読んでから飲むか、飲んでから読むか。いやいや、やっぱり飲みながら。
26人の作家の26通りの飲み方。飲み方の命名が素晴らしく楽しくて、目次を眺めているだけでほろ酔い気分。

 井伏鱒二  横綱酒
 山口瞳   振る舞い酒
 吉田健一  グルメ酒
 田村隆一  四六時中酒
 中上健次  ホン気酒
 池波正太郎 人情酒
 立原正秋  こだわり酒
 三島由紀夫 スマート酒
 田中一光  惚れぼれ酒
 赤塚不二夫 レロレロ酒
 福田蘭堂  モテ♡モテ酒
 秋山十三子 はんなり酒
 星新一   ニコニコ酒
 稲垣足穂  バッタンキュー酒
 小津安二郎 底なし酒
 宮脇俊三  特急ひとり酒
 高田喜佐  すっぴん酒
 黒澤明   太っ腹酒
 草野心平  ケロケロ酒
 種村季弘  奇想徘徊酒
 大藪春彦  ハンター酒
 埴谷雄高  老人性ボレロ酒
 田中小実昌 場末酒(ハッピーエンド)
 長新太   ☎リンリンはしご酒
 田辺茂一  風流ハレンチ酒
 山田風太郎 アル中ハイマー酒


そういえば。
この本をまだ見ぬ今朝、覚醒直前の夢。バーのカウンターでオカマのママ相手に、焼酎は煎れたての熱い緑茶で割って飲むのが一番おいしい!と力説、そのママは吉行淳之介の恋人だそうで、「ペットボトルのお茶じゃダメなの?」と問う低く甘ったるい声が目覚めた後もやけに生々しく耳に残った。
本の中程にはさまれた吉行淳之介と浅草千束のオカマバーのママの写真に一瞬まさかとドキリとしたが、夢の中のママはもっと福々しかったように思う。


作家の酒 (コロナ・ブックス)作家の酒 (コロナ・ブックス)
(2009/11/25)
コロナ・ブックス編集部


バカと悲哀のTex-Mex

テキサスには、老人ホームで暮らすペニスにできた腫物をもてあますエルヴィスがいる。ディズニーランドに行きたくてたまらないティラノサウルス人形がいる。性格矯正プログラム中のゴジラがいる。女買いに行って女の親父をポン引きと間違えアッパーカットくらって逃げ出した後煙草を吸おうと付けたマッチの火が張り切ってセットした髪に燃えうつり火だるまになって道路に飛び出したらトラックにはねられ川に落ちたところへワニがやってきてパクリと大きな口にくわえこまれたまま死に、自分ちの前にワニと共に放置されたティーンエイジャーがいる。おまけに「彼にはもう必要ないしね」と、最高にクールなワニ革の靴まで盗られてしまった。

さもありなん。さもありなんなのだ。変な話だとか、非日常の世界だとか、「そんな奴おれへんやろ~」(by大木こだま)という気が全くしないのだ。なんだろうこの自然さは。この説得力は。このバカバカしさと悲哀の絶妙なバランスは。
子供の頃に母の膝の上で聞くおはなしはこういうものだった。余計な疑問をはさまず、話を丸ごとごっくん飲み込むあの感覚。愉快なことこの上なくてすっかり夢中になって読んでいたら、一駅先まで行ってしまった。

たたみかけるような短編集の最後を締めくくるのは、作者が語る母の思い出「オリータ、思い出のかけら」。ジョー・R・ランズデールもまた、母が奏でるおはなしを楽しむ子供だった。
全ては母の膝の上から。そしてテキサスから。


現代短篇の名手たち4 ババ・ホ・テップ (ハヤカワ・ミステリ文庫)現代短篇の名手たち4 ババ・ホ・テップ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2009/09/30)
ジョー・R・ランズデール



父と息子の関係が胸に迫る長編『ボトムズ』もおすすめ。

愛書家の夢、或いは悪夢

なんと1冊80万(!)の図書館の写真集。まずは値段に驚いて、写真を見てさらに目が眩む。絢爛豪華な図書館&図書館&図書館…。
http://www.hiroburo.com/archives/50913113.html


ネットで教えていただいた本の彫刻。本からつくられるもう一つの世界。素敵。
本を切り抜いている姿を思い浮かべると、身を切られるような感覚に陥るかも。それを超えて素敵素敵。
http://sublackwell.co.uk/

おけらけら

欲の皮の突っ張らかったやつらを書かせたら、黒川博行はホント最高だ。
疫病神シリーズの第四弾『 螻蛄』。金筋の極道桑原と半堅気の建設コンサルタント二宮の、腐れ縁コンビの今度のシノギは、生臭坊主がお相手。ありがたーい絵巻物をめぐって、金の亡者どもが騙し騙されどつきどつかれ、西へ東へ大奔走。

ところが、ボロい話というのはそううまくはいかないもの。腹を刺されたり井戸に埋められそうになったり、ボコボコにされた割には収支はとんとん。ご愛嬌というか、ちょっぴり気の毒というか(笑)
ギャンブル好きの著者だけに、博打の流儀が反映されているのだろう。色川武大いうところの“9勝6敗”のセオリー。世の中はバランス、人生は帳尻が合うようにできている。

それにしても桑原の大阪弁は伝染します。健さん映画を見て映画館から出てくる人が健さんになっているように、このシリーズを読むと桑原になってゴロまきたくなります。一作目『疫病神』の帯に載っていた桑原センセの大阪弁講座をおさらいしときましょう。

「こら、もういっぺんいうてみい」
(訳)すみません、もう一度言って下さい

「気障なせりふは懲役で習うたんかい」
(訳)その失礼な言葉は、受刑している間に覚えられたのですか?

「足元見ずに突っ張らかってたら、どぶ板を踏み抜くで」
(訳)今は調子がいいかもしれませんが、そのうちによくないことが
   起こるかもしれませんね

「殺すぞ。おどれら」
(訳)あなた方を殺したい気持ちになってきましたよ

ほうら、アイツをどつきまわしたくなってきた…!


螻蛄螻蛄
(2009/07)
黒川 博行

 
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