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消える歌舞伎座

歌舞伎座の建て替え計画案発表。

歌舞伎座計画案

唖然。ひどい。これはひどい。
朝日新聞の記事によると、

―松竹は05年、新劇場の外観について、ビルを建てても現在の歌舞伎座の原型となった太平洋戦争前の建物を復元すると説明していた。だが、計画に携わった伊藤滋・早大特命教授らによると、事前調整段階で石原知事から「銭湯みたいで好きじゃない」「オペラ座のようにしたほうがいい」などと注文がついた。―

慎太郎、また余計なことを…。
銭湯結構!
歌舞伎座の正面に立ち建物や幟を見上げるだけで気分が高揚し、その高まりのまま歌舞伎の世界にすっと入っていける。
そんな劇場の外観、空間丸ごと含めての幸せな歌舞伎体験は、背中にビル背負ったガラス張りの建物では期待薄。


歌舞伎座


もう一度考え直してくれないものだろうか。
なんとか芝居小屋の雰囲気を残してほしい。
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応答せよ

ミステリートレインでどこに行ったの?と聞かれ、ロケット打ち上げをやっている内之浦宇宙空間観測所と言うつもりが、UFOの打ち上げをやっている…と言い間違えて以来、

UFOってひゅるひゅる打ち上げるんだ~
宮崎のUFOは鈍そう~ 手で撃ち落とせそう~
ミステリートレインじゃなくて本当はUFOに誘拐されたんじゃないの~
おまえ宇宙人だろ!

…ひゅるひゅる言われ放題。

宇宙人、宇宙人、応答せよ。
この減らず口を直ちに攻撃せよ。

東京で働いている今でこそ毎日当たり前のように駅を利用しているが、故郷で暮らしていたころは、駅というのは一種独特な感慨を呼び起こす空間であった。
考えただけでわくわくするような、どこかもの悲しいような。
大分との県境にある祖父母の家に行くとき、修学旅行、遠方から訪れる親戚の出迎え、都会へ出て行く友の見送り、行き先は到着してからのお楽しみというミステリートレインに乗ったこともあったっけ。
駅とは、そういう特別な何かがあるときのみ足を踏み入れる場所であり、日常から非日常の世界への出入口であった。

故郷では電車ではなく「汽車」と呼ぶ。
最後に汽車に乗ったのは、祖母が亡くなったときだったろうか。
宮崎空港で家族と合流し葬儀が行われる延岡まで車で向かうつもりが、飛行機の出発が機材トラブルで数時間遅れたため、空港から先へは汽車で行くはめになった。
自宅を出たのは午前中だったが、飛行機が宮崎に着陸する頃にはとっぷり日が暮れていた。
宮崎空港駅のホームに着くとちょうど特急が出たところだった。赤いランプが闇に呑み込まれていく。残るは最終列車一本。やむを得まい。

乗り込んだのは2両か3両編成の各駅停車で、日豊本線を走る列車はすべて汽車と呼び慣らしてきたわたしでも汽車とは呼びにくい代物だった。車掌の姿もない。限りなく電車に近かった。それでも意地でも汽車と呼ぶ。

民家の灯りさえ見えない真っ暗な中をのろのろ進むその日最後の夜汽車。
ただでさえ少ない乗客が一人また一人と降りていき、とうとう夫と二人きりになった。
誰もいないのをいいことに『野獣死すべし』ごっこに興じる。
「リップ・ヴァン・ウィンクルの話って知ってます?いい名前でしょ?リップ・ヴァン・ウィンクル…」
ぶつぶつ呟く夫。

汽車は駅に着くたびに5分、10分と止まったまま動かない。無人駅で乗り降りするものは一人もいないのにもかかわらず。
時間の流れ方が違うのかもしれない。この無人駅の1分は地球の10分、或いは1時間、或いは1日、或いは1年、或いは…。

「ラム、コアントロー、それに、レモンジュースを少々、シェイクするんです。わかりますか?」
「X…Y…Z……」
「そう、これで終わりって酒だ」

拳銃を片手で高々と掲げる姿をカメラに収める。聞こえるのはシャッター音だけ。
本当は運転手もいないんじゃないか。
この汽車はどこにも辿り着かないんじゃないか。
車内を照らす蛍光灯の黄色い光がうすら寒い。

延岡に到着し、駅まで迎えにきてくれた妹や従兄弟の顔を見たときはほっとした。同時に、その汽車から降りたことがちょっぴり残念でもあった。

え~と、一体何を長々と書いているのか。こんな話をするつもりじゃなかった。
ircleを聴きながらジャケットを眺めていたら、突然思い出したのだ。
曲のタイトルは『未来』なのに。
思考が過去へ過去へと向かうのは歳をくった証拠かもしれない。

駅は過去と未来をつなぐだろう。
未来の話はまた別の機会に。


ircle2


頬杖ついて

退屈、退屈、不思議な退屈。
退屈しのぎに電灯ちらちら付けたり消したり。
虫が寄らなば舐めてやろう。


ガーゴイル

寛平×清志郎×MG's

出勤し、PCを立ち上げるとまず間寛平アースマラソン公式ブログをのぞくのが日課となっております。
ただいま太平洋のまっただなかの寛平ちゃん。現在地を示すGoogleマップが真っ青。どこやねん。
360度見渡す限り海というのは、陸に足を着けながら想像する分には素晴らしい眺めですが、板子一枚下は地獄の状況下くる日もくる日も標無き波の間をいくわけで、それはそれは恐ろしく孤独な闘いだと思います。

そんな闘いに挑んだ寛平ちゃんの応援ソング「RUN寛平RUN」「走れ何処までも」が、配信限定でリリースされた模様。
http://www.earth-marathon.com/2009/01/21/154835.html

清志郎が書き下ろし、バックはスティーヴ・クロッパー、ドナルド・ダック・ダン、スティーヴ・ポッツ!
アメリカ上陸を果たしたら、MG'sを従えて寛平ちゃんに歌ってほしいなー。らーんかんぺいらーん。

足とヨットで世界一周の壮大な旅は始まったばかり。まずは無事に太平洋を乗り切らんことを祈るのみです。

ircle

この度、我が家の絵描きがCDのカバーアートを手掛けました。
バンド名はircle(アークル)。
“円(circle)のもつ完全の象徴という意味合いを、その頭文字であるCをはずし、型を崩すことによって「今ある世界に新しい風穴をあける」という思いをこめて作った造語”だそうです。

デビューシングル『未来』は、明日1/21よりTOWER RECORDS大分店、福岡店、ONLINEにて先行発売開始。
音もジャケもおすすめです。

ircle official website http://ircle.jp/

ircle

世界侵略進行中

冒頭の「きのこ文学宣言」からして愉快だ。
きのこという不思議な生き物に魅了された著者は、、きのこの本質に迫ろうとするうちに、きのこのもつ不可視性、中間性を文学と結びつけ、「文学はきのこである。あるいは、きのこは文学である」というなんとも奇妙で明快な結論を導きだす。

そして、書店で図書館でせっせときのこ狩りをし集めた古今東西のきのこ文学を「きのこ文学大全」として世に出した。
採集されたきのこ文学は、執筆者の名前を見ただけでも錚々たる顔ぶれだ。泉鏡花、澁澤龍彦、正岡子規、筒井康隆、中井英夫、三島由紀夫、南方熊楠、宮澤賢治、山田風太郎、夢野久作、エドガー・アラン・ポオ、ルイス・キャロル、ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ、イタロ・カルヴィーノ、ウラジーミル・ナボコフ、パトリシア・ハイスミスなど、ほんの一部。

きのこ狩りは文学にとどまらない。
男おいどんの「サルマタケ」がある。ジョン・ケージの「きのこ音楽」がある。狂言「くさびら」がある。マヤ文明の遺物「きのこ石」がある。「国際きのこ会館」がある。
大槻ケンヂは「キノコパワー」と歌い、チャイコフスキーは自分が見つけたヤマドリタケを誰にも採られまいときのこの群生の上に覆い被さり「おれのものだ、全部おれのものだ!」と叫ぶ。フロイトもチャイコフスキーと同類だったらしい。

様々なジャンルのきのこ文学を紹介しながら、著者のきのこへの情熱はあらゆる場面で押さえがたくほとばしる。
映画「マタンゴ」でジャングルに雨が降るときのこがスローモーションで伸びていく描写にうっとりし、加賀乙彦の短編に出てくるきのこ狂いが嵩じて遂には一万点以上のきのこの標本や研究道具とともに精神病院の患者として暮らすようになる大学教授を、世界中のきのこ狂いが夢見る「きのこ天国」を手に入れたと羨み、村上春樹の作品はきのこが登場するものの具体的な記述が全くなく“村上春樹は「きのこ文学者」に非ず”と一刀両断する。

とにかく、分け入っても分け入ってもきのこ。
恐るべききのこ文学の山で読者が迷わぬよう、初心者向けは1きのこ���̂��B、中級者向けは2きのこ���̂��B���̂��B、上級者向けは3きのこ���̂��B���̂��B���̂��B、危ない項目は毒きのこ��のガイド付き。
例えばムーミン谷のきのこは���̂��Bで、古代インドの聖典「リグ・ヴェーダ」に登場するソーマという飲み物はベニテングダケから抽出したものだと主張するアメリカの著名な銀行家にして菌類学者ワッソンがベニテングダケの絞り汁を実際に飲んでみる人体実験の逸話は���̂��B���̂��B���̂��B��だ。

あとがきで、きのこ狩りはまだまだ続けると言い放つ著者の所業が、単なるきのこ狂いの仕業と片付けられようか。
間違いなく著者の頭はきのこの胞子に侵され、いまやきのこの意のままに操られているのだ。
そしてこの本を読んだ読者の頭にも否応無く胞子が侵入し、菌糸をひろげることだろう。
きのこが世界を取る日も近い。


きのこ文学大全 (平凡社新書)きのこ文学大全 (平凡社新書)
(2008/12)
飯沢 耕太郎



リンゴあめ

おつかい済ませ足早に駅に向かう。
何しろここは合羽橋。
ニイミのおじさんのダンディな髭や、素人衆には何に使うかわからない厨房機器や、魅惑の焼きゴテや、あれやこれやおっさん、もとい乙女心を鷲掴みされるものが道の両側にずらっと並んでいる。
とっつかまるまえに退却あるのみ。

と、うっかりのぞいた瀬戸物屋の棚にリンゴあめを発見。
ころんとした丸み、紅くつやつやてかてかの色合い。ハートを一撃。
早速なむなむのご利益と、リンゴあめ片手に合羽橋を闊歩してかっぱかっぽかっぱかっぽと帰った。


リンゴあめ


リンゴあめの正体は小ぶりの急須。
漆塗り風の表面はあくまでも漆塗り“風”で漆ではなく、その人工美が本当にリンゴあめのよう。リンゴあめを食べたことはないけれど。

どのくらいつやつやてかてかかといえば、朝っぱらパジャマのまま写真を撮っているわたしの姿がバッチリ写るくらいつやつやてかてかだ。


リンゴあめ2 リンゴあめ3


おいしいお茶をいれましょか。
リンゴの香りがするかもしれません。

ジャンヌ・モローの強い視線が好きだ。両端がへの字に下がった唇が好きだ。皺を隠さない姿勢が好きだ。
口の横に深く入った皺を指先でなぞりたい。





India Song / Jeanne Moreau(1975)

浮世の画家

終戦後間もない日本。
老齢の画家が末娘の縁談を期に過去を回想するが、次第に「わたし」が語る記憶と現実との齟齬が浮き彫りになっていく…。

記憶というのは曖昧なものだし、常に誰かのフィルターを通して語られる。
例えある日ある時、同じ時間、同じ空間を共有していたとしても、わたしの記憶とあなたの記憶は違うものであろう。
真実はいつも薮の中。そもそも真実などという概念が幻にすぎないのかもしれない。

この小説で描かれる戦後の日本が、映画のセットのようなどこか作り物めいた印象を与えるのは、5歳で渡英し英国に定住した著者の来歴によるのだろうか。アイデンティティの不確かさも。
地上からほんの少しだけ浮き上がった箱庭の中の世界のような雰囲気が、「わたし」の語りの不確かさを強めている。

浮世の画家にはなりたくないと画風を変えた画家が辿り着いたのは、また別の浮世でしかなかった。箱庭の中で右往左往する人間のおかしみ、哀しさよ。


浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)
(2006/11)
カズオ イシグロ




ある休日

寒い一日。
空気が乾燥しているためか三味線の鳴りがことのほかよく、腕が上がったかのような錯覚。

午後からぶらんぶらんと出かけ、目白から鬼子母神、池袋へ抜ける。
都電に架かる小さな橋から線路を見下ろせば、橋の上に立つ自分の影がくっきり。
小さく手を振れば影も手を振る。うれしくなって大きく手を振る。影も真似する。
右に左に振りかざしてすっかり冷えきった手をポッケに突っ込み、古本屋をひやかしたり買い物をしたり。
東武の魚売り場で鯛の頭が叩き売られていたので、久しぶりに鯛飯でも作ろうかと買って帰る。

道すがら、闇が広がり始めた空に一番星を発見。
本当に☆の形に煌めいてみえる。なんだか不思議。宇宙に浮かぶ星と☆の記号が、自分の中で初めて結びついた瞬間。

土鍋で炊いた鯛飯と鯛の潮汁、セリのお浸し、きんぴらごぼう、黒霧島で夕飯。満腹。
何十年か後に自分の来し方を振り返ったとき、今日のように何気ない一日がたまらなく愛おしく思い出されるような気が、ふとした。
今日のように何気ない一日などすぐに忘れてしまうような気も、した。鯛の目玉をしゃぶる。

さ、明日も休みだ。


鯛飯

おともだちパンチ

幼いときからの癖というのはなかなか治らないもので。
ふと気付くと、両手をぎゅぎゅっと握りしめていることがある。親指をほかの4本の指で巻き込むようにして。親指を外気に触れさせたら最後、世界が崩壊してしまうとばかりに、4本の指の奥深くもぐりこませ、硬く硬く。

ところが同じ形のこの拳が黒髪の乙女にかかると、美しく調和のある人生の象徴、おともだちパンチに姿を変える。
わたしが堤防の決壊を防いだオランダの少年ばりに世界をこの手でぎゅぎゅっと守っている間、片手に達磨、片手にリンゴあめ、唇に偽電気ブラン、背中に緋鯉の黒髪の乙女は、豆大福のようなおともだちパンチを世界にそしてこんにゃくにお見舞いして回っている。

パンドラの箱のような我が拳と、黒髪の乙女の愛に満ちたおともだちパンチ。
この違いはどこからくるのか。そうだきっとお祈りのせいであろう。
黒髪の乙女のお祈りは「なむなむ!」で、わたしのおまじないは「ちゅっちゅらるっちゅっちゅ!」だ。
「ちゅっちゅらるっちゅっちゅ!」と言うときの唇の形がいけないのかもしれない。
明日から「ちゅっちゅらるっちゅっちゅ!」をやめ「なむなむ!」と唱えれば、古本市の神様も風邪の神様もにっこり微笑み、全知全能の御都合主義がわたしに降り注ぐに違いない。

諸君、異論があるか。 あればことごとく却下だ。


夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
(2008/12/25)
森見 登美彦


鳴門の牡蠣ごはん

水曜日は外ランチの日。
新年一発目だし豪勢にふぐ!とはいかないまでも、気分だけは景気よく。

銀座八丁目の高級ふぐ料理専門店、鳴門。
お店の佇まいもHPもたいへんそっけなく、うちは最高級の天然とらふぐしか扱わないからお値段もそれなりよいやならさっさと他のお店に行ってね、との断り書き。
一生ご縁がない・・・と思いきや、ふぐは無理でもお昼は美味しくてボリューム満点の定食がいただける。

今日のお目当ては冬の定番、牡蠣ごはん。
12時ダッシュでお店に向かえどすでに満席。卵焼きをつまんでいる紳士の後頭部(乱反射気味)を鑑賞しながら席が空くのを待っていると、牡蠣ごはん残り一つねというお店のおばちゃんたちの業務連絡が耳に。
思わず漏れる牡蠣ごはんが~という悲鳴にも似た溜め息に、おばちゃんくるりとこちらを向いて、予約しとく?はい、予約します!

おばちゃんのおかげでありついた最後の一つの牡蠣ごはんは、旨味のしみた炊き込みごはんの上に牡蠣がぷるるんと10個(←数えてる奴)。牡蠣はいずこぞ・・・と捜索隊を出さねばならないような牡蠣ごはんとは出来が違うぜコンチクショウ。
添えられた生姜が牡蠣の磯の香りを引き立てて、さらに旨いぜコンチクショウ。
加えて新鮮なお刺身、お豆腐、青菜と鶏ささみのお浸し、お味噌汁、香の物まで付いてきて、お膳はたいへんなにぎやかさ。

同行T嬢が頼んだ天ぷらは、海老3本に数種の野菜でお皿からはみ出しそうなほど。
海老1本と牡蠣ごはんを物々交換。衣さっくさく。
お隣さんのあら大根をちろりと眺めれば、これまた食欲が刺激される色艶でよだれ2割増。

一生懸命口を動かして、腹十二分ぐらい詰め込んで、ぽんぽこのお腹を抱えて、お支払いは漱石先生お一人様也。
暖かくなって牡蠣ごはんが姿を消す頃には筍ごはんが登場するはず。今から春の訪れを心待ち。

幻影の書

人の世はたくさんの偶然に満ち満ちていて複雑に絡み合っている。
その偶然に意味を見出そうとするのが人間の習い性であり、時にそれを運命と呼ぶ。
人生に“もしも”はない。
もしもあの時こうしていれば。もしもあの時こうしていなければ。
変えようのない過去を嘆いても無為なことだ。しかし後悔とはそういうものだ。

「人は追い詰められて初めて本当に生きはじめる」
これは二人の追い詰められた男の喪失と再生の物語。妻と二人の幼い息子を飛行機事故でいっぺんに失ったデイヴィッド・ジンマー。ある出来事をきっかけにたった12本の無声映画を残して失踪したヘクター・マン。
二人の男の人生を結ぶのは顔にあざのある女性、アルマ。彼女もまた、ヘクターの生を追い求めることで人生を取り戻し、デイヴィッドを死の淵から引き戻す。

ヘクターの贖罪の旅は、それだけで一本の映画を見ているようだ。その末に作られた誰にも見せないための映画と、その映画が引き起こす更なる悲劇があまりに胸に迫る。
己にとって真っ直ぐな思いが、周りの人間にとっても同じだとは限らない。それが家族であれ、愛する人であれ。
先程、二人の男の物語と書いたが、ここではデイヴィッドは最後まで傍観者でしかなかった。

今無性に、アルマに大きな影響を与えたホーソーンの「あざ」を読みたい。ヘクターが撮った「マーティン・フロストの内なる生」を見たい。まだ読まれていない物語を読みたい。灰に帰したはずの映画を見たい。
デイヴィッドが最後に抱いた希望を、わたしも一緒に抱くのだ。



幻影の書幻影の書
(2008/10/31)
ポール・オースター



読書ジャンキー復活

去年はあまり本を読めなかった。
本を読む時間そのものが減っただけでなく、膝の上で本を開いてはいても頭はぼーっと別のことを考えていて、目が頁の表面をすべっていくことが多々あったように思う。
相変わらず本屋へは足繁く通っていたけれど、棚に並ぶ本の声がよく聞こえなかったし。なんて書くとオカルトちっくだけれど、どう言えばいいのかな、本に対する自分のレーダーが働いていない感じ。伝わってます?
本を読むということは、ある意味自分とその本、もしくは著者との真剣勝負でもあるわけで。
そういう闘いの場に挑むだけの体力気力ががくんと落ちていて、読書だけでなく落語や歌舞伎ともとんとご無沙汰。

そんな無気力状態を徐々に脱し読書欲が膨らみ始めた。本と自分との蜜月関係を取り戻すぜベイベー。
で、初出勤の合間に本屋へダッシュ。森見登美彦とJ・M・クッツェーとカズオ・イシグロとポール・オースターとオマル・ハイヤームを連れて帰る。
どれも気にはなっていたものの手を出しかねていたものばかり。レーダーの精度はいかに?

本好きの皆様、この本面白かったよーとかおすすめ!などありましたら、是非教えてくださいませ。今年もよろしくお願いいたします。
 
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