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しゅらしゅしゅしゅ

二週間ぶりの三味線のお稽古。
三下がりにようやく慣れてきたところへ、二上り登場。
小三治の出囃子「二上りかっこ」の二上りですよ。

おっしょさん曰く、本調子から三の糸を一音下げると三下り、二の糸を一音上げると二上り。三下りの状態から一の糸を一音下げれば二上りになります。
…うう、混乱。頭の中でオタマジャクシに書き換える。

 本調子をシ-ミ-シ(B-E-B)とすると
 三下り シ-ミ-ラ(B-E-A)
 二上り シ-ファ#-シ(B-F#-B)

 三下りから一の音を一音下げると
 三下り シ-ミ-ラ(B-E-A)
 二上り ラ-ミ-ラ(A-E-A)

キーが変わるのねとようやく理解。三味線は相対音。絶対音で考える癖を治さなきゃ。

お稽古は「金毘羅船々」。
これはお座敷遊びの曲だからどんどん早くなっていくのよ~とおっしょさん。
勘所探している場合じゃないけど、身体がすぐには反応しません。
あわあわ徒に指を動かしているうちにお稽古終了。

こんぴらふねふね四国沖でおふねが沈没しないよう、しっかり練習します。
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カフェーパウリスタ

夜の銀座、ぽつぽつ落ちだした雨に暫しの宿り。
1909年創業のカフェーパウリスタに飛び込む。
現在の場所での営業は1970年からだそうだけど、大正時代のキャッチコピー「鬼の如く黒く 戀の如く甘く 地獄の如く熱きコーヒー」は今も健在。

周りのソファでは仕事帰りのおじさまや出勤前のおねえさまがコーヒー&シガレッツ。
紫煙とコーヒーの香りが入り混じる喫茶店が次第に姿を消していく中、ここは貴重な空間なのだろう。
砂糖は入れず、人生の如くほろ苦いコーヒーで一服。


パウリスタ1


先日、たまたま見た「なんでも鑑定団」で長谷川利行という画家を知った。
独学で絵を学び、二科展などで入賞するも画壇からは認められず、貧乏で、酒浸りで、著名人宅に押しかけては頼みもしない肖像画を押し売りし、飲み屋で隣り合わせた人にマッチ箱の裏に描いた絵を売りつけてはわずかな金を酒に替えた。
ところかまわず画材を拡げ、貪るように絵を描き、俺に絵を描かせろと喚きながら野垂れ死にしたという。

昭和も初め、飲んだくれの間借り人が部屋の賃料を払えず置いていった一枚の絵。それが長谷川利行が描いた「カフェーパウリスタ」。
押入れの奥深く、何十年もネズミと同居していたためすっかり薄汚れてしまっていたけれど、文学者や演劇人、モボモガが足繁く通った華やかなりしカフェーの往時がうかがえる。
五銭のコーヒー、五銭のドーナツ、五銭で鳴り出すオルゴール。
長谷川利行も地獄の如く熱きコーヒーに舌を焦がしたことがあったのかもしれない。コーヒー代の代わりにマッチ箱の裏に絵を描いて置いていくことも。


パウリスタ2


銀ブラ(銀座でブラジルコーヒー)証明書、貰えます。

又五郎さん逝く

中村又五郎さんが亡くなりました。94歳。
愛読書の一つである池波正太郎「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛のモデルとして紹介されていたのが、又五郎さんを知ったきっかけでした。

又五郎さん自身が小兵衛を演じた古いテレビシリーズ「剣客商売」を観ましたら、わたしが思い描いていた小兵衛よりは幾分上品なものの、姿格好はまさに小兵衛。息子の大治郎役が加藤剛でこれはどんぴしゃ。二人が並んでいる場面など小兵衛、大治郎親子以外の何者でもなく、小説からそのまま抜け出てきたようでした。

一番印象に残っているのは、これも池波正太郎原作のテレビドラマ「藤枝梅安」シリーズ、小林桂樹版。
又五郎さんは表稼業は料亭の主人、裏の世界では仕掛けの元締め音羽の半衛門役。これはもうねえ、よかった。
普段はひょこひょこ歩く柔和な笑顔の好々爺。ところがふと見せる目の奥の鋭い光。裏稼業に身を置く男の凄み、殺気が、目の表情一つで表され、テレビの前で鳥肌が立ちました。

池波正太郎著『又五郎の春秋』では、著者が京都の古書店で又五郎さんを見かけた日のことから始まり、又五郎さん自身が語る生い立ちや国立劇場の研修生を教育する姿、一緒に仕事をするいく中で触れた又五郎さんの人となりが綴られます。
特に歌舞伎に関しては、伝統を受け継ぐべきところは受け継ぎ、形骸化したものは思い切って毀して新しくすべきなど、言葉も強く、それだけ思いも強いのでしょう。
又五郎さんの四谷怪談のお岩、観たかったなあ。

今夜は『又五郎の春秋』から又五郎さんを評した言葉をご紹介して、ご冥福を祈りたいと思います。


「又五郎さんのことを、器用貧乏だなんて、いう人がよくいらっしゃいますけど、私は、そうはおもわないんです、ええ。あの方は、どこまでも努力の方だと、私はおもうんですの、ええ。つまり、どんな役でも、それを大事にして演じるからには一所懸命に役づくりをなさって、しかも舞台の上では、それだけ努力をなすったことを露骨にあらわさない。ですから何をお演りになっても無難に、器用に演っているというように見えるんじゃないでようか、ええ」(山田五十鈴)


又五郎の春秋又五郎の春秋 (1977年)
(1977/06)
池波 正太郎



マグニチュード最大

ircle 震度0の大地震TOUR@渋谷DESEO

我が家の絵描きがCDジャケットを手掛けたircleのライブへ。
初生ircleは期待を凌駕するかっこよさ!
一つの曲の中の静と動のメリハリがとても気持ちよく、静から動へ、動から静へ変わる瞬間を、いつのまにか待ち構えながら聞く。
声も演奏もステージングもひとりひとりのポテンシャルが凄い。
4人分のエネルギーが相乗効果で何倍にも膨れ上がって、震度は0でもマグニチュードは最大級じゃない?

布教用にCD買ってきました。
まだ聞いていない方には無理矢理押し付けます。是非。

無限なる四畳半

いつもちっぽけな出来事にくよくよ心をくねらせるわたしはお尻の穴のちっぽけな万年便秘症。
ありとあらゆるくよくよを宿便とともに後生大事に溜め込んで、今日もうんうん呻いては隣の芝生へ逃避する。

弥生三月も末の生まれ。
春の訪れに慌てて出てこなくともママンの胎内であと数日ぬくぬく過ごしていれば、学年が違い、学年が違えば出会う人も違い、白馬に乗った王子様と恋におちたりあんな鼻毛野郎とは一生縁がなかったりしたはずなのに。ああ、あと数日遅く生まれていれば。
そんな手っ取り早い妄想を木っ端微塵に吹っ飛ばす四畳半パラレルワールド。

そうなのだ。人の一生なんてそんなに大差ないのだ。数日遅く生まれようが、どのサークルを選ぼうが、あの角を曲がろうが、白馬に乗った王子様とは添い遂げられないし鼻毛野郎とは不倶戴天の敵となる運命にある。
それなら同じこの人生、笑いとばして生きていきましょそうしましょ。

「お尻の穴のでっかい人ですね!」と言われることが当面の目標。快食快便腸内スッキリ。
それから酒席で隣に座った人に襲いかかってほっぺをぺろんとなめてみよう。甘いか苦いかしょっぱいか。
それでもダメなら八十日間四畳半一周の旅へ。
まずは読め。


四畳半神話大系 (角川文庫)四畳半神話大系 (角川文庫)
(2008/03/25)
森見 登美彦


Love Love Love

本日の職場の光景。
新しい携帯アドレス教えてーな、ほな空メール送らあ、いっぺん赤外線でやってみよや、赤外線てどうやるん使うたことないわ、わしもないけどこうするんちゃう?
おっちゃん二人が携帯と携帯でちゅっ、ちゅっ、ちゅーっ。
さて、愛の光線は無事届いたか。

LOVE WINTER TOKYO 2009 始まってます。
銀座8会場、原宿1会場で開催されるこのイベント、我が家の絵描きも銀座ゆう画廊に作品を出展しています。
会期中はスタンプラリーも行われている模様。
春一番に乗って銀座で愛のハシゴなどいかがでしょうか。

熾火

ビールケースの即席テーブルに七輪の火で暖をとりながら、裏通りの路上で熱燗。
ビルの隙間から東京タワーがこんばんは。
時折ひゅるるん吹き抜けていく風に震えつつ、牡蠣の串焼き、レバー、ねぎまを次々頬張る。熱いうちに食っちまえ。しめ鯖も旨かった。

胴上げで見送ってから早一年。
新しい環境で早速活躍しているようで頼もしい。
差しつ差されつ盃の往復が早くなる。燗冷ましにならないうちに飲んじまえ。

やめるんじゃないよと別れ際の一言。
先にやめちゃったくせにそんなことを言う。
足元の熾火のようにじわっと効いている。

ほどよい

食前にバーヴィクトリアで創業130周年記念のカクテル「ハーン」。
1894年に宿泊したラフカディオ・ハーンに因んだ一杯。1978年宿泊のジョン・レノンなんてこのホテルの歴史の中ではヒヨッコだな。
ぴかぴかに磨き込まれた木の床に蝋燭の光が揺らめいて、時がとまったかの如く。


富士屋-6

夕食と朝食はメインダイニングにて。客室よりさらに高い高い天井。
格子天井に高山植物が描かれ、花々に誘われるように蝶や鳥の彫刻が施されている。窓には御簾。


富士屋-9 富士屋-9

富士のマークが刻印された銀のカトラリーが美しい。時間をかけてゆっくり食事を愉しもうという気分に自然となる。ナイフとフォークの重量感がそうさせるのかな。
それにしてもこの富士マーク、食器に家具にあらゆるところに入っていて、全部合わせると一体何千、何万個になるんだろう。
富士屋風パンケーキにメイプルシロップをたっぷりかけて、朝から幸せ~。


富士屋-7  富士屋-8

三代目当主が設立した万国髭倶楽部の面々と、今なおメインダイニングのあちらこちらから目を光らせる三代目。
ホテル全体から感じる、行き届いていながら過剰ではない"ほどよい"サービスは、この眼光の賜物かも。

記念に永久保存してくれるというメモリアル写真を撮ってもらった。またいつか、ここへくるために。

富士屋ホテル

箱根登山鉄道はスイッチバック3回。運転手が走る。車掌さんも走る。
宮の下で下車。昔から一度泊まってみたかった富士屋ホテルへ。

明治24年に建てられた本館の部屋に通される。嬉しい。申し込んだのは本館、西洋館(明治39年建造)、花御殿(昭和11年建造)、フォレストロッジ(昭和35年建造)の内、どの部屋になるかはお任せのプランだったので、本館か西洋館だといいなあと思っていたのだ。

天井が高い。ベッドに寝転ぶとさらに高く高く、素晴らしい開放感。
調度品も設備も年代物で決して便利ではないけれど、身体がすっと馴染む。
何年もここに住んでいるような気さえしてくる。

富士屋-1

富士屋-2富士屋-3
富士屋-4富士屋-5


早速古いバスタブにお湯をたっぷりはり身体を沈める。源泉掛け流しの温泉はとても熱く、思わずゔーんと飛び上がった。

羽根をのばす

博多美人と行く東京古建築探偵団(ツアー名仮称)が延期になり、ぽっかり空いた平日花の金曜日。
それなら温泉でも行きましょかロマンスカーに乗りましょかと箱根の山で羽根をのばす。

富士屋-1


箱根のお山に一泊二日。天下の険をめぐる青空白い雲。

夫は、自分の羽根は白鳥のように優雅な羽根だという。
わたしの羽根はトンボの羽根だという。
観光もせず、銘々の羽根を温泉にちゃぷちゃぷつけてゆっくりのばす。

白い傷痕

赤い傷痕とおんなじ薬指、少し先には白い傷痕。
小学校1年か2年のとき、昼休みに鋏で何かをちょきちょきやっていて、指先までいっしょに切ってしまったもの。ほんのちょっぴりだけれど。
丸い痕が今でもそこだけほんのり白く浮いている。

とても痛かったのか、血がドバドバ出たのか、泣いてしまったのかは記憶の枠外。
ただ、そのとき使っていた鋏が夏の思い出チン○鋏ということだけは確かなのだ。

赤い傷痕

去年ざっくり抉れた傷が妙なくっつき方をしてしまった。
赤いひきつれが弓なりに残る薬指。
何事もなかったかのように元通りにはならないだろうから、ちょっとしたアクセントだと思えばいい。
自分の年輪だと思えばいい。





Scar / Joe Henry(2001)

文明開化

古書のため息辿ってみれば文明開化の音がする―
棚から呼ばれて手をのばしたのは、川上澄生「平戸幻想他六篇」(カラーシリーズ中公文庫・川上澄生全集第4巻)。荻窪ささま書店にて。
モダンで、独特で、どことなく奇妙な版画の数々。


文明開化らんぷの灯は文明開化の光。

平戸幻想1着物姿で馬車に乗るしんでれら。

平戸幻想3銀紙に彩色豊かな南蛮人図。


川上澄生は明治28年(1985年)横浜生まれ。大正5年に青山学院高等部を卒業すると翌年カナダに渡り、アラスカでは鮭缶詰工場の人夫として働く。大正7年に帰国。英語教師として教鞭を執るかたわら木版画の制作を本格的に始め、文明開化と南蛮をテーマに数多くの作品を残した。昭和47年没。

文明開化と南蛮。
日本と西洋との邂逅。混ざり合い溶け合う彼我の風物。遠いものへの憧れ。
明治後期に横浜で生まれ育った少年は、日に日に薄れてゆく文明開化の日本を故郷と慕い、終生その残り香を追い求めたのだろう。
折りにふれ
「私の意識するエキゾテイシズムは西洋そのものに対するものではない。明治文化のちぐはぐにして安心出来る特異なる詩情に対する郷愁である―」
と語っていたという。

こんなページを発見。あなたの街にも川上澄生のノスタルジアが息づいているかも。
http://taco.jugem.cc/?eid=1072

全14巻のこの全集、第5巻の「いんへるの」がとっても気になる。第6巻「えぞがしま」も。
探しものは終生尽きることない。わたしの文明開化は古本の中に。

平戸幻想4

中央線の下

阿佐ヶ谷のピッキーヌで濃厚なタイカレー。毛穴開いて汗をひとふき、荻窪までそぞろ歩き。

         阿佐ヶ谷1

頭の上を中央線が走る。
緑のラインが粘着テープのよう。線路の底を緑の粘着テープでぺたんと留めてあるかのよう。
テープの粘着力が弱まった段ボールがぱっかり口を開くように、中央線がぱっかり割れて橙色の電車と黄色い電車がゴトゴト落ちてきたらどうしようと心配しながら、中央線の真下を歩く。

   阿佐ヶ谷2

 
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