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文(かきことば)

文(かきことば) 1

*UPLINK FACTORY  19:30~

漠然と、書かれた言葉のイメージを身体表現という別の記号へ置き換える作業なのかなと想像していた。例えば蝶々を「蝶々」と書くのか「ちょうちょう」と書くのか「てふてふ」と書くのか、或いは、漱石がよく使っていたが「難しい」を「六ツかしい」と当て字にしたり、同じことばでも表記が違うとそこから受ける印象も変わり、身体の動きも違ってくるというような。でもそういうことでもないみたい。

一言一句にまで解体された「夢十夜」。身体の動きも表情も息遣いも一定の法則をもっていそうでいなさそうでやっぱりいそうで。また小劇場という場に慣れていないせいか、そこにあるものすべてから何か意味を読み取ろうとしてしまう。壁の汚れ、床に貼られたテープ、演出家の片っぽだけ裏返しになった靴下。
すでに術作に嵌っているのか。わたしの頭は物語にとりこめられて抜け出せず、かちんこちんに固まってしまっているのか。
とにかく、目の前で起こっていることをそのまま受けとめようと、ワインで脳味噌を融かしながら見る。そうすると、どこか近くて遠い世界の女の子たちが、わたしにはわからない言葉で楽しげに話し合っているようにも見えてくる。

言葉とはなんだろう。また言葉に囚われている。どこまでも言葉がついてくる。





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37°2 le matin

テキーラ・ラピドだったっけ。ベティ・ブルーを見た後に真似してみようとテキーラと炭酸を早速買いこんで、グラスに注いでタオルで蓋してテーブルへダン!と打ちつけると炭酸の泡がしゅわしゅわあふれてタオルも手もべちょべちょになって、タオルがグラスの淵からずれたりしていると液体がそのまま飛び散ったりして。
二人ともまだ十代で、恋らしい恋もなく、激情に身を焦がすことも、絶望に打ちのめされることも、なんとなくわかったような顔をしていても実感や肉体をともなわず、女二人、夜中にけらけら笑いながら、何杯も何杯もダン!ダン!しゅわしゅわって、飲むよりもたくさん溢れさせてはまたけららけらけら笑い転げ。
あの頃は、ベティが鍵盤を叩くたどたどしい音をただただ美しく感じていたものだった。



このきもちを忘れないように

環境の変化が大の苦手で、今いる場所がどんなに酷い状況であっても新しい世界に飛び込むよりはましと、我慢に我慢を重ねてしまう。今までの自分なら。
これからは違う。
目標地点設定完了、後はそこへ向けて力をたくわえていこう。揺れないよう、ぶれないよう。やるべきことはいくらでもある。

他人と過去は変えられないけれど、自分と未来は変えられるのだ。

デッサン教室

この春、デッサン教室に入りました。

 場所:我が家のリビング
 講師:我が家の絵描き
 生徒:わたくし
 オリエンテーション:鉛筆の削り方
 一回目(今日):青いガラス瓶、肩たたき、急須の蓋、栄螺
 授業料:足裏マッサージ

センセイの昔話など聞きつつ、これから毎週末デッサンの練習です。

陸のなかまたち

大哺乳類展-陸のなかまたち

*国立科学博物館
 2010年3月13日(土)~6月13日(日)

上野の薮蕎麦で山菜天せいろをたいらげ長谷川等伯展へ向かったところ、一時間待ちの大行列。腹をなでなで回れ右、今日から始まった「大哺乳類展-陸のなかまたち」へ。

この進路変更が大当たり。
メダカほどの小さなネズミも、襲われたらひとたまりもない巨体の熊も、とうに姿を消したご先祖さまも、現存する動物も、すべて哺乳類哺乳類哺乳類の列。
装飾的に発達した顔の骨になんじゃこりゃあとのけぞり、力強く美しい角を頭に抱いた剥製にうっとりし、ホルマリン漬けの象の鼻にぞーっとし、リスのウンチに顔を寄せてくんくん匂い、いやいや愉しいったら。

シートン動物記のシートンコーナーもあって、小学生の頃読んだオオカミ王ロボや銀ギツネ物語を懐かしく思い出した。伝書鳩アルノーの話が好きだったなあ。若い頃のシートンは画家を目指していたそうで、本の挿絵もシートンの手によるものだったことを初めて知る。

夏には「大哺乳類展-海のなかまたち」も開催されるとのこと。大阪市立自然史博物館のナガスケさんが上京してきてくれないかなあ。

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「あ、あぶねえっ、な、なにしやんでえ」
 御者が車からとびおりて、江戸っ子のべらんめえみたいな、歯ぎれのいいパリっ子言葉でどなりつけた。

 ―『緑の目の少女』モーリス・ルブラン/南洋一郎

初めての

健康診断にて。
まつげバッサバサの美人女医にお尻に指を入れられました。
初めての直腸検査。あうん。

I Remember That

うつむきながら話をする二人の後ろでこの曲が流れていた。
二十年も前の、まだ春とも呼べぬ肌寒い弥生三月。

どこかの誰かの記憶の中で、音楽とわたしが結び付いている可能性など。
そんなこともないだろうが万に一つでもあるとするなら、それはどんな音楽なのか、ちょっと聞いてみたい気がする。





I Remember That / Prefab Sprout
 
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